09:00
みちのく伊達政宗歴史館
徒歩
10:20
JR松島海岸駅
電車&地下鉄
11:13
北山五山エリア
地下鉄
12:15
仙台駅
バス
13:33
瑞鳳殿(ずいほうでん)
15:00
仙台城跡
Michinoku Date Masamune History Museum
菅澤先生
まさやん
街並みを楽しみながら歩いて15分
Matsushimakaigan Station
電車で38分地下鉄に乗り換えて6分
Kitayamagozan Area
北仙台駅から地下鉄で6分
Sendai Station
巡回バス「るーぷる仙台」で13分
Zuihoden
晩年、ホトトギスの初音を聞きに経ヶ峯に登った政宗公は、家臣たちに「自分が死んだらここに埋葬せよ」と命じたと伝えられているよ。実際にその1ヶ月後に返らぬ人となったんだ。
政宗公の遺言に従って経ヶ峯に埋葬しようとしたところ、地中から石室が現われ、聞くところによると万海上人の墓だったんだ。
Sendaijoato
5歳のときに天然痘を煩い、右目の視力を失ってしまった梵天丸(ぼんてんまる・幼少期の政宗の呼び名)。名家出身・美貌で有名だった母親は、片眼となってしまった梵天丸を疎み、弟の竺丸(じくまる)を可愛がります。片眼というコンプレックスの上、母の愛情にも恵まれず、辛い幼少期を送った梵天丸。一方、父・輝宗は梵天丸を愛していました。伊達十七代の家督を継ぐ器に育てたかった輝宗は、美濃の名僧・虎哉宗乙(こさい そういつ)を梵天丸の師として招きました。虎哉は、仏教、漢学、文学など学問の手ほどきを行うだけでなく、梵天丸に「武将としての生き方」を示しました。虎哉の教えにより、梵天丸は己の弱さを克服する努力をしていったのです。